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ドイツ軍は、新型重戦車ティーガーIを1942年9月に東部戦線で初めて実戦投入し、続いて11月に、アフリカ北西岸に上陸後、チュニジアを目指して侵攻する連合軍を撃退すべく、北アフリカ戦線に送り込んだ。 ティーガーI重戦車は、8.8cm高射砲FlaK36を原型とする強力な56口径8.8cm戦車砲KwK36を搭載し、最大装甲厚100mm以上という、出現当時、紛れも無く世界最強の戦車であった。 チュニジアでティーガーI重戦車と遭遇したイギリス軍は、大きな衝撃を受けることになる。 2ポンド(40mm)戦車砲や6ポンド(57mm)戦車砲を装備する当時のイギリス製戦車はもちろんのこと、アメリカから供与されたM4中戦車が装備する75mm戦車砲M3でさえ、ティーガーI重戦車には全く歯が立たなかったのである。 しかも、近い将来予定されているヨーロッパ大陸への反攻では、より大量のティーガーI重戦車や、さらに強力なドイツ軍戦車との対決が予想されることから、火力・防御力面でのギャップを埋めるための新型戦車の開発が早急に求められた。 こうした情勢下、1943年7月よりイギリスの戦車開発者たちと戦車部隊指揮官たちの意見交換の場が、ロンドン西方のサリー州チョーバムにあるFVRDE(Fighting Vehicles Research and Development Executive=戦闘車両開発研究所)において断続的に持たれた。 同年8月まで継続された会議では、武装強化を最重点とする重巡航戦車と、これに装甲防御力の強化を盛り込んだ重歩兵戦車の2種類の新型戦車の開発が必要との結論に達した。 これらは後に、前者がA41「センチュリアン(古代ローマ軍の百人隊長)」重巡航戦車、後者がA43「ブラック・プリンス(黒太子)」重歩兵戦車として実用化されることになる。 A41重巡航戦車の開発は、AEC社(Associated Engineering Company Limited)が担当することになった。 チョーバムでの会議の検討事項を基に、イギリス陸軍参謀本部戦車委員会がまとめたA41重巡航戦車の設計仕様項目は、それまでのイギリス軍戦車兵たちの戦場での苦闘の教訓を踏まえたものであった。 それら仕様項目とその具体化の方向は、以下の通りである。 1.高い信頼性 既存の技術力の到達点を駆使した信頼性の高さが要求された。 これは、故障が多く信頼性が振るわなかったクルセイダー巡航戦車等の苦い経験が背景にある。 2.3,000マイル(約5,000km)以上の連続運航が可能な耐久能力 上記の項目とも関連するが、それまでイギリス軍戦車部隊が経験した北アフリカ等の戦場では、整備支援の不十分な下で長期間戦い続けねばならず、特に、連続した機動後も支障なく戦闘力を発揮できるかどうかが、勝敗の帰趨を左右した事実を教訓として提起された項目である。 3.40t以内の重量と10フィート6インチ(3.19m)以内の車体幅 アメリカのM4中戦車が体現した「重量30t、75mm砲クラスの主砲」という第2次大戦標準型の戦車を凌駕したティーガーI重戦車に対抗できるものにするためには、40t近い重量は最低限見込まなければならないとされた。 それでも、イギリスの鉄道輸送規格等を無視する訳にはいかず、こうした数値が示されたのである。 結局のところ、要求性能を犠牲にすることはできないため、実用型では約50t前後の重量、3.4mの車体幅にまで膨らむことになった。 4.ドイツ軍の8.8cm砲を上回る装甲貫徹力を持つと共に、歩兵支援戦闘で十分な威力を発揮できる高性能榴弾を発射できる主砲の搭載 これは、第2次世界大戦初期のイギリス製戦車が搭載した2ポンド戦車砲に徹甲弾しか用意されておらず、せっかく強固な防御力を誇ったマティルダ歩兵戦車などが肝心の歩兵支援戦闘でもろくに威力を発揮できず、北アフリカの戦闘で、8.8cm高射砲による対戦車射撃によって次々に血祭りに上げられた等の痛切な教訓を踏まえたものである。 当座は、イギリスが対戦車砲の決定版として完成させた17ポンド戦車砲(口径76.2mm)の搭載が予定された。 5.ドイツ軍の8.8cm砲に耐えられる装甲防御力 参考品として入手したソ連のT-34中戦車から学んで、車体前面に傾斜装甲を採用し、重量増大を抑えつつ、中射程以上での8.8cm砲の直射に耐えることを狙った。 従来のイギリス製戦車の、直立した鋼板を組み合わせたデザインを脱却する画期的な方向である。 また、実戦の教訓から、車体底面を爆発の衝撃に強い船底型のデザインとし、対戦車地雷での損失低減を図った。 6.速度・機動性能 チャーチル歩兵戦車で有効性が実証されたデイヴィッド・ブラウン社製のメリット・ブラウン変速・操向装置と、ロウルズロイス社製のマーリン航空機用ガソリン・エンジンの車載型であるミーティア V型12気筒液冷ガソリン・エンジン(出力600hp)を組み合わせ、それまでの巡航戦車に採用されたクリスティ・サスペンションに代えて、重巡航戦車用として新たに開発されたホルストマン・サスペンションを採用した。 これら信頼性に富むシステムに、幅広な高マンガン精密鋳造履帯を組み合わせ、敢えて路上速度を重視せず、特に路外・荒地での安定した走行性能を追及するものとされた。 これは、北アフリカ戦線で鈍速ながらも優れた路外踏破性能を発揮した、チャーチル歩兵戦車の活躍の教訓を踏まえたものである。 7.余裕ある戦闘室容積 上記の3のように、未だ鉄道輸送等の寸法・重量限界に拘束されていたが、可能な限り設計寸法に余裕を持たせ、今後の改良や乗員のスムーズな戦闘動作を保障しようとした。 この余裕が、センチュリアン戦車の後の成功に繋がる要素の1つで、主砲の換装やパワー・トレイン交換等の大改修を可能にし、結果として、本車を息の長い戦車とすることになった。 詳細な仕様検討の後、1943年11月に陸軍参謀本部戦車委員会はA41重巡航戦車のアウトラインをまとめ、翌44年2月に最終仕様書を作成した。 そして、同年5月にはAEC社が実物大モックアップを完成させ、9月に増加試作車20両が発注された。 1945年1月に、A41重巡航戦車の最初の6両の増加試作車が完成し(3両が王立造兵廠ウールウィッチ工場製、もう3両が同ノッティンガム工場製)、オランダ〜ベルギー方面から北ドイツヘの侵攻を図っていたイギリス第21軍集団に所属する第7機甲師団第22機甲旅団の第5戦車連隊に配属された。 これら6両のA41重巡航戦車は1945年5月初めにベルギーに渡ったが、直後の5月9日にドイツが無条件降伏したために、実戦テストの機会は失われてしまった。 しかし、各種の運用試験が実戦経験豊富な部隊で実施されたのは意義あることで、改良を施すべき大小の問題点が浮かび上がり、その後の生産型に活かされていくこととなった。 残りの14両の増加試作車も順次完成したが、実用試験を行いながら製造したこともあって、武装形態の違い(主砲の種類および副武装の組み合わせ−主砲は、17ポンド戦車砲およびそのコンパクト・ヴァージョンである77mm戦車砲の2種、副武装は、ポルステン20mm機関砲と7.92mmベサ重機関銃の各種組み合わせのヴァリエーション)や、砲塔の小改造等の違いが数両ずつある。 以下に、それぞれの増加試作車の特徴を記す。 ・第1〜第10号車 17ポンド戦車砲とポルステン20mm機関砲各1門を、砲塔前部のそれぞれ独立したマウントに搭載。 砲塔後部に円形の脱出用ハッチを装備。 ・第11〜第15号車 17ポンド戦車砲と7.92mmベサ重機関銃各1門を、砲塔前部のそれぞれ独立したマウントに搭載。 砲塔後部に円形の脱出用ハッチを装備。 ・第16〜第18号車 77mm戦車砲(17ポンド戦車砲の砲身縮小・軽量化型)1門を砲塔防盾に、7.92mmベサ重機関銃1門を砲塔後部マウントに搭載。 ・第19、第20号車 77mm戦車砲と7.92mmベサ重機関銃各1門を、砲塔前部のそれぞれ独立したマウントに搭載。 砲塔後部に円形の脱出用ハッチを装備。 これら増加試作車の共通した特徴は、コミト巡航戦車と同様な鋳造製の砲塔前部および防盾部と、圧延鋼板の溶接組み立ての側・後面部を組み合わせた砲塔を搭載しており、砲塔前面には、主砲とは独立した副武装用のマウント(20mm機関砲か7.92mm重機関銃を搭載)を持っていた点である。 この増加試作車の製作と試験運用を経て、1945年中により装甲厚を強化し、全鋳造砲塔を採用した最初の生産型、センチュリアンMk.Iが100両発注された(1946〜47年にかけて生産)。 イギリス初の戦後型戦車の、本格的な量産開始であった。 センチュリアンMk..Iの武装は、増加試作車の第1〜第10号車と同様で、58.3口径17ポンド戦車砲Mk.VIIとポルステン20mm機関砲を砲塔前部に、7.92mmベサ重機関銃を砲塔後面のボール・マウントに搭載していた。 なお、このセンチュリアンMk..Iから、それまでの「重巡航戦車(Heavy Cruiser Tank)」という車種名称に代えて、「中戦車(Medium Tank)」という名称が用いられるようになった。 このMk..I以降、センチュリアン戦車は生産型、改修型を合わせてMk.II〜Mk.13の多くの型式が登場し、各型合計で4,423両が生産され、1970年代末まで後継のチーフタン戦車と共に、イギリス陸軍戦車部隊の主力を担い続けた。 また、センチュリアン戦車シリーズはオランダ、スイス、イスラエル、南アフリカなど世界18カ国に輸出されており、様々な改良を施して現在も9カ国で使用が続けられている。 |
<センチュリアンMk.I中戦車> 全長: 8.839m 車体長: 7.557m 全幅: 3.353m 全高: 2.921m 全備重量: 48.77t 乗員: 4名 エンジン: ロウルズロイス・ミーティアMk.IVA 4ストロークV型12気筒液冷ガソリン 最大出力: 600hp/2,550rpm 最大速度: 34.3km/h 航続距離: 96.5km 武装: 58.3口径17ポンド戦車砲Mk.VII×1 (70発) 20mmポルステン機関砲×1 (960発) 7.92mmベサMk.VIII重機関銃×1 (3,375発) 装甲厚: 17〜121mm |
<参考文献> ・「PANZER2000年8月号 センチュリオン戦車の開発・構造・発展」 古是三春 著 アルゴノート社 ・「PANZER2000年12月号 センチュリオンとそのファミリー車両」 真出好一 著 アルゴノート社 ・「世界AFV年鑑 2002〜2003 戦車&自走砲/ロケット」 アルゴノート社 ・「世界の戦車 1915〜1945」 ピーター・チェンバレン/クリス・エリス 共著 大日本絵画 ・「世界の戦車(2) 第2次世界大戦後〜現代編」 デルタ出版 ・「世界の戦車(1) 第1次〜第2次世界大戦編」 デルタ出版 ・「第2次大戦 イギリス・アメリカ軍戦車」 デルタ出版 ・「戦車メカニズム図鑑」 上田信 著 グランプリ出版 ・「世界の戦車・装甲車」 竹内昭 著 学習研究社 ・「戦車名鑑 1939〜45」 コーエー |