ヴァリアント歩兵戦車 (A38)





ヴィカーズ・アームストロング社は、イギリス最大の兵器メーカであるにも関わらず、第2次世界大戦勃発直前の時点では、主要なイギリス製戦車の生産に積極的に関わっていたわけではなかった。
そこでイギリス陸軍当局は、同社に対して既存の歩兵戦車(主にMk.II歩兵戦車マティルダII)の生産に参加するか、短期間での実用化が可能である場合に限り、独自に歩兵戦車を開発生産するかの二者択一を迫った。

この要請を受けて、ヴィカーズ社は新型歩兵戦車を自主開発する途を選択し、それはMk.III歩兵戦車ヴァランタインとなって結実した。
ヴァランタイン歩兵戦車は、当時のイギリス製戦車としては機械的信頼性が高く、バランスの取れた歩兵戦車であった。

大戦中に同車の供与を受けたソ連軍では、連合国から供与された戦車の中で最も優秀であるという評価を与えている。
ただ、ヴァランタイン歩兵戦車は、既存のエンジンの利用を念頭に設計された戦車だったことから、車体寸法が極限まで小さく、2ポンド戦車砲を搭載した初期型では、砲塔乗員が車長と砲手の2名だけだったため運用上の不都合が生じた。

そこで、次の型では砲塔の大型化と砲耳の前進を図ってスペースを確保し、砲塔乗員を車長、砲手、装填手の3名とした。
ところが、後に火力強化の要求に応じて6ポンド戦車砲や75mm戦車砲を搭載することになった際、砲の大口径化に伴って砲尾が大きくなり、砲塔乗員は再び2名に逆戻りしてしまった。

その上、搭載砲の大口径化は砲尾を大きくしたのみならず、砲弾をも大きく重くしたため、砲弾が軽かった2ポンド戦車砲の時以上に、砲塔乗員の1名減少による不都合を強調する結果となった。
しかし、操砲時の手不足という戦闘運用上の問題を別とすれば、ヴァランタイン歩兵戦車の機械的信頼性の高さはそれなりに評価されていた。

そこでイギリス陸軍当局は、1943年の終わりに自身の要望をヴィカーズ社の提案に織り込ませる形で、同社に対して新型歩兵戦車A38の開発を要請した。
A38歩兵戦車の開発に際してイギリス陸軍とヴィカーズ社が合意していたのは、既存のヴァランタイン歩兵戦車の部材やコンポーネントを極力流用し、6ポンド戦車砲、またはイギリス製の75mm戦車砲を収めた3名搭乗の全周旋回式砲塔を備え、さらに、できる限り重装甲にするという3点であった。

このような要求に対してヴィカーズ社の設計陣は、ヴァランタイン歩兵戦車の設計思想であった装甲面積を最小限に抑えることで重量軽減を図る、つまり、小柄で重装甲であればエンジン出力が小さくてもそれなりの機動性が得られるという、同車の開発当時の手法に、その後の戦訓で得られた、シルエットを小さくすることが被弾率を下げるという事実を加味して開発を行なった。

いってみれば、「従来のヴァランタイン歩兵戦車並みに運用勝手が良く、同様にコンパクトでさらに重装甲、その上、火力も強い新型歩兵戦車」を目指したのである。
そして、A38歩兵戦車には「ヴァリアント(Valiant:勇ましい、勇敢な、雄々しい)」という愛称が付けられたが、この命名は、言葉の意味そのものももちろんあったが、それ以上に、頭文字がVで始まるヴィカーズ社の前作であり、しかも本車の「兄」ともいえる「ヴァランタイン(Valentine:バレンタイン)」歩兵戦車とのゴロ合わせを考慮したものであった。

全長約5.4m、全高約2.2m、全幅約2.8mのヴァリアント歩兵戦車は、全幅こそわずかに広いが、全長、全高共に、6ポンド戦車砲や75mm戦車砲を搭載した後期型のヴァランタイン歩兵戦車よりやや短く低い。
にも関わらず戦闘重量は、ヴァランタイン歩兵戦車が約17t程度なのに対して、本車は約27tと10tも重い。
その理由は、ヴァランタイン歩兵戦車では最大で65mm程度だった装甲厚が114mmに強化されたことに加えて、3名が搭乗する大型の鋳造製砲塔を備えたからであった。

このような重量の増加は、足周りにも影響を及ぼした。
Mk.I巡航戦車からヴァランタイン歩兵戦車にまで用いられていた、「スローモーション型」と呼ばれるヴィカーズ社お得意の懸架装置は、ヴァリアント歩兵戦車にも踏襲されたが、重量増加への対策に加えて整備性や交換性が考慮された結果、従来は大小が組み合わされていた転輪が全て同サイズとなり、各輪それぞれが独立してサスペンション・スプリングを備えるタイプへと進化した。

また、ヴァランタイン歩兵戦車シリーズが、いずれも130〜160hp級のエンジンを搭載していたのに対して、ヴァリアント歩兵戦車では重量の増加に対応するため、アメリカのジェネラル・モータース社製の直列6気筒液冷ディーゼル・エンジン(出力210hp)が採用された。

1944年半ば、ヴィカーズ社の下請けとしてラシュトン&ホーンズビー社が、ヴァリアント歩兵戦車の試作第1号車(軟鋼製)を完成させた。
本車は、外観的にも構造的にもヴァランタイン歩兵戦車のジェネラル・アレンジメントをほぼ踏襲していたため、車体前部などが丸みのある鋳造とはなっていたものの、一見ではヴァランタイン歩兵戦車と良く似ていた。

やがて走行試験が開始されたが、ここでヴァリアント歩兵戦車は幾つかの欠点を露呈した。
その1つが、足の遅さである。
最大速度は路上で12マイル/h(19.31km/h)に過ぎず、1944年以降に実用化される戦車としてはあまりに遅過ぎた。

また、ステアリング・レバーが極めて重い上、フットブレーキの操作には操縦手が負傷する危険が伴い、ギアの操作性も危なっかしいという点は、人間工学的に見て大きな問題であった。
このような理由から、第1号車以降の試作車は、結局製作されなかった。
つまり、ヴァリアント歩兵戦車は「駄作」の烙印を押され、開発計画から除外されたということである。
だが、代わりにヴァリアントII(あるいはヘヴィー・ヴァリアント)歩兵戦車が試作されたといわれている。

このヴァリアントII歩兵戦車は、ヴァリアント歩兵戦車の砲塔と車体前部を、A33エクセルシオー重突撃戦車の車体と合体させたもので、ロウルズロイス社製のミーティア V型8気筒液冷ガソリン・エンジン(出力400hp)を搭載し、6ポンド戦車砲、75mm戦車砲、95mm榴弾砲、多連装20mm機関砲座等が、その武装のオプションとして考えられていたという。

しかし、同時期に開発が進められていたA41センチュリアン重巡航戦車の方がはるかに性能が優れていたため、わずか1両のみ製作されたヴァリアントII歩兵戦車の試作車は、1945年初頭に試射用標的として処分されてしまったといわれ、写真や詳細な図面は残されていないと伝えられている。

このように、出来の良かった「兄」ヴァランタイン歩兵戦車に範をとり、より一層の向上を目指した「弟」のヴァリアント歩兵戦車は、残念ながら駄作に終わってしまった。
そして1945年、ヴァリアント歩兵戦車の開発計画は永遠に放棄され、たった1両だけ作られた軟鋼製の試作車は、ボービントン戦車博物館の展示品として余生を送っている。


<ヴァリアント歩兵戦車>

全長:    5.359m
全幅:    2.743m
全高:    2.133m
全備重量: 27.0t
乗員:    4名
エンジン:  GM 6046 2ストローク直列6気筒液冷ディーゼル
最大出力: 210hp/2,900rpm
最大速度: 19.31km/h
航続距離: 129km
武装:    37.5口径75mm戦車砲×1
        7.92mmベサ重機関銃×2
装甲厚:   10〜114mm


<参考文献>

・「世界の戦車 1915〜1945」 ピーター・チェンバレン/クリス・エリス 共著  大日本絵画
・「PANZER2000年10月号 A38バリアント」 白石光 著  アルゴノート社
・「第2次大戦 イギリス・アメリカ軍戦車」  デルタ出版


兵器諸元

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