九七式中戦車改 新砲塔チハ





九七式中戦車が搭載する九七式57mm戦車砲は装甲貫徹力が低く、敵戦車に与える打撃が少ないということが判明したので、これを、装甲貫徹力に優れた高初速の一式47mm戦車砲に換装することになった。
砲の換装に伴って砲塔も改設計されることになり、九七式中戦車の車体に一式47mm戦車砲を装備する新型砲塔を搭載したのが、「九七式中戦車改」、別名「新砲塔チハ」である。

この九七式中戦車改が出現するきっかけとなったのは、1939年5月、満州と外蒙古の国境で、日ソ間に紛争が起こったノモンハン事件である。
この紛争では、4カ月に渡って日本、ソ連両軍の激闘が展開された。
この戦いは、九七式中戦車としては初陣だった。
事件当初、日本軍の戦車隊は目覚しい活躍をした。

安岡正臣中将の率いる第一戦車団は、歩兵直協の方針を採らず、独自に夜間の奇襲攻撃をかけ、ソ連軍に打撃を与えた。
当時の日本軍の戦車運用の主流は「歩兵直協」で、第一線の歩兵に直接協同して、敵の機関銃などの重火器を制圧し、前線の鉄条網を破り、突撃路を開くのが役目であった。
従って、戦車もその用法に合わせて設計されていた。

ノモンハンに投入した日本軍の戦車、八九式中戦車、九五式軽戦車、九七式中戦車は、共に武装は、有効射程の短い短砲身戦車砲を装備していた。
それに対し、ソ連軍戦車は、高初速の45mm戦車砲を備えたBT快速戦車であり、歩兵部隊も同口径の対戦車砲を備え、日本軍戦車に手痛い損害を与えた。
その威力は日本軍戦車の短砲身砲を大きく上回り、日本軍戦車の損傷車が続出した。

この1939年8月、ノモンハンの苦い経験からか、陸軍技術本部は新たに戦車砲の研究に着手した。
まず、当時研究中であった試製47mm速射砲の砲身を、九四式7cm戦車砲の砲架を利用して技術試験が行われた。
そして、この試験を足掛かりとして、新たに試製47mm戦車砲が設計され、次に照準機と撃発装置の改修を行った後、機能や抗堪性、弾道性能の確認が実施された。

さらに1940年9月、試作車として完成していたチホ車の砲塔を利用して試製47mm戦車砲を装備し、これを九七式中戦車の車体に載せて抗堪弾道試験が行われた。
翌41年1月、戦車に載せた試製47mm戦車砲の実用試験は、陸軍戦車学校および陸軍騎兵学校で関係者の手で行われ、これに小修正を施した後の9月に仮制式となり、1942年4月1日、「一式47mm戦車砲」として正式に採用されたのである。

また、同時に進められていた新型砲塔の製作も完成し、従来の九七式中戦車の砲塔より大きくなった。
新型砲塔の全長は約193cm、最大幅は142cmで、砲の操作上、後方部分がより広くなっていた。
一式47mm戦車砲は、尾栓が垂直鎖栓式で、狭い戦車内での操作が容易にできるよう作られていた。
これは、砲塔が固定している場合でも、一定角度は砲を左右に指向することができるようにするためで、その角度は左右各10度ずつであった。

徹甲弾を使用した場合、砲口初速810m/秒、発射速度10発/分で、射距離100mで55mm、1,000mで30mmの均質圧延装甲板を貫徹可能とされていた。
実戦では、アメリカ軍のM4中戦車の側面下部に対し、70m以内なら貫徹したという。
一式47mm戦車砲の照準具は一式照準眼鏡で、倍率4倍、視界14度であり、眼鏡には2,000mまでの徹甲弾用目盛が刻まれていた。

なお、一式47mm戦車砲の徹甲弾は、砲兵が装備する一式機動47mm砲のそれと共通使用することができた。
この、一式47mm戦車砲を装備した九七式中戦車改が初めて戦場に登場したのは、1942年5月5日、フィリピンのコレヒドール島攻略戦であり、苦戦を続けていた戦車第七連隊の応援車として1個中隊が編制され、急ぎ戦場へ送られたのであった。

しかし、この中隊がフィリピンに到着した時には、アメリカ軍はバターン半島に逃げ込んでおり、アメリカ軍戦車との砲戦の機会は無かった。
1944年6月16日深夜、サイパン島のアメリカ軍橋頭堡に対して、戦車第九連隊(定数47両)の九七式中戦車と同改が反撃に出た。

戦車はアメリカ軍の第一線を突破し、アメリカ軍の砲兵陣地の近くまで到達したが、敵砲火、特にバズーカで阻止され、戦車隊はほぼ全滅した。
太平洋の孤島における戦闘で、これほどの台数の戦車が集結使用されたのは、これが最初で最後であった。

九七式中戦車改は、沖縄や千島を含む他の孤島での戦闘にかなりの台数が投入されたが、いずれも全滅している。
マレー作戦での九七式中戦車のような華々しい活躍の場は、ついに無かった。
また、九七式中戦車改の一部は、1944年6月以降、ロードシャベルを取り付けて、フィリピン近くの離島の飛行場設定に使われたという。


<九七式中戦車改>

全長:    5.52m
全幅:    2.33m
全高:    2.38m
全備重量: 15.8t
乗員:    4名
エンジン:  三菱SA12200VD 4ストロークV型12気筒空冷ディーゼル
最大出力: 170hp/2,000rpm
最大速度: 38km/h
航続距離: 210km
武装:    一式48口径47mm戦車砲×1 (100発)
        九七式車載7.7mm重機関銃×2 (4,220発)
装甲厚:   10〜25mm


<参考文献>

・「世界の戦車 1915〜1945」 ピーター・チェンバレン/クリス・エリス 共著  大日本絵画
・「世界の戦車(1) 第1次〜第2次世界大戦編」  デルタ出版
・「帝国陸海軍の戦闘用車両」  デルタ出版
・「日本の戦車と装甲車両」  アルゴノート社
・「戦車名鑑 1939〜45」  コーエー


兵器諸元(九七式中戦車改)
兵器諸元(九七式中戦車改・甲)
兵器諸元(九七式中戦車改・乙)
兵器諸元(九七式中戦車改・丙)


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