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ドイツ軍は第2次世界大戦中、多くの対戦車自走砲を実戦化したが、ソ連侵攻を開始した時点で、さらにその傾向は強くなった。 ソ連のT-34中戦車やKV-1重戦車に対抗するために、強力な火砲を備える戦車が望まれたものの、短時間での実戦化は不可能であり、このため、既存の車両に大口径の砲を搭載することで開発と生産の時間を大きく短縮できる、対戦車自走砲の装備に力を注ぐことは当然の帰結であった。 当初は、ソ連から捕獲した76.2mm野砲や、国産の7.5cm対戦車砲PaK40が多用されたが、1942年2月にヒトラーの要求により、さらにアウトレンジからの撃破を図って、強力な8.8cm対戦車砲を装備する自走砲の開発がスタートした。 この頃8.8cm砲は、高射砲Flak18から発展し、ティーガーI重戦車の主砲として車載化された56口径8.8cm戦車砲KwK36が存在したが、これとは別に、1942年初めから開発に着手していた、71口径という長砲身の8.8cm対戦車砲PaK43があり、1943年に実用化されるであろう新型自走砲には、この長砲身8.8cm対戦車砲PaK43が用いられることになった。 こうなると、自ずから車台となるのはIV号戦車しかなく、この組み合わせで開発はスタートした。 車体はアルケット社が、主砲はクルップ社がそれぞれ担当して開発が進められたが、PaK43の実戦化は1943年以降になることが判明したため、クルップ社では、以前開発した8.8cm高射砲Flak41を対戦車砲としたPaK41をベースに改良を加え、10.5cm軽榴弾砲leFH18の脚と、15cm重榴弾砲sFH18の車輪などを流用して、応急的な対戦車砲PaK43/41を開発した。 そして、これを車載型としたPaK43/1が、そのままナースホルン対戦車自走砲の主砲として採用されたのである。 8.8cm対戦車砲PaK43/1の性能は、Pzgr39-1(徹甲弾:重量10.2kg)を用いて、初速1,000m/秒、射距離100mで203mm、500mで185mm、1,000mで165mmの装甲板を貫徹することが可能であった。 さらに、高速徹甲弾のPzgr40/43(重量7.3kg、初速1,130m/秒)を用いると、射距離100mで237mm、500mで217mm、さらに2,000mでさえ153mmという、驚異的な性能を発揮することができた。 車体は、III号戦車J型の部品を、IV号戦車F型の車体に組み合わせたIII/IV号車体が新たに開発され、車体後部に砲を搭載し、兵員のスペースなどを確保するためにエンジンは車体中央部に移動し、さらに、車体後部も延長された専用の車台となった。 砲は、左右15度ずつの限定旋回式で、俯仰角は−5〜+20度、砲前面には10mm厚の防盾が取り付けられている。 戦闘室は、車体前部から後端までに達する大きなもので、10mm厚の鋼板で構成され、内部には弾薬40発を収容し、後部には乗降用のドアを備えている。 上方はオープンであるが、手榴弾などを投げ込まれるのを防ぐため、フレームに網を張った車体もあった。 乗員は、操縦手、無線手、砲手、装填手、車長の5名である。 試作車は1942年10月に完成し、第1ロット分として100両が発注された。 これは、東部戦線で行われるツィタデレ作戦に間に合わせるために、1943年5月12日までに完成させるものとされた。 ナースホルン対戦車自走砲の生産は、シャーシーをドイチェ・アイゼンヴェルケ社のデュイスブルク工場で、上部装甲をヴィトコヴィツのヴィトコヴィツァー・ベルクバウ&アイゼンヒュッテン・ゲベルクシャフト社が供給し、最終組み立ては、ドイチェ・アイゼンヴェルケ社のテープリッツ・シェーナウ工場で行われた。 生産は1943年2月から始まり、1945年3月までに494両が完成している。 その内訳は、1943年に345両、1944年に133両、1945年に16両である。 本車は当初、「ホルニッセ(スズメ蜂)」と呼ばれていたが、ヒトラーが虫の名前を付けることを嫌ったため、1944年1月に「ナースホルン(サイ)」と改称されている。 本車は絶大な威力を誇るため、大切な虎の子として、軍または軍団直轄で独立運用される重戦車駆逐大隊に配属された。 東部、西部、イタリアの各戦線で使われ、何名かの有名な戦車エースも生み出している。 最初に実戦投入されたのは第655重戦車駆逐大隊で、定数45両をもってクルスク南部戦区に投入されている。 ツィタデレ作戦に参加したナースホルン部隊は、これだけであった。 この後、東部戦線には第560、第519、第93、第88といった重戦車駆逐大隊が配備された。 このうち第93重戦車駆逐大隊は、1943年夏には西部戦線にあったが、晩秋に東部戦線へ移動したのであった。 このため、西部戦線には当面、ナースホルン対戦車自走砲は存在しておらず、ノルマンディー戦にも投入されていない。 1944年暮れ頃になると、ようやく必要に迫られてか、ナースホルン装備部隊が新たに西部戦線に配置されているが、これらは通常の重戦車駆逐大隊ではなかった。 1つは、第16装甲師団傘下の第2戦車連隊を原隊とする、第2戦車連隊第II大隊で独立運用された。 もう1つは、第669重戦車駆逐中隊で、これは、第655重戦車駆逐大隊の第3中隊が独立したものであった。 一方、イタリアでは早い段階から、第525重戦車駆逐大隊によってナースホルン対戦車自走砲が使用されていたが、これが、イタリア戦線に展開した唯一のナースホルン装備部隊であった。 |
<III/IV号8.8cm対戦車自走砲ナースホルン> 全長: 8.44m 全幅: 2.95m 全高: 2.94m 全備重量: 24.0t 乗員: 5名 エンジン: マイバッハHL120TRM 4ストロークV型12気筒液冷ガソリン 最大出力: 300hp/3,000rpm 最大速度: 42km/h 航続距離: 215km 武装: 71口径8.8cm対戦車砲PaK43/1×1 (40発) 7.92mm機関銃MG34×1 9mm機関短銃MP40×2 装甲厚: 10〜30mm |
<参考文献> ・「グランドパワー2000年5月号 ドイツ重対戦車自走砲の開発/構造/戦歴」 佐藤光一 著 デルタ出版 ・「世界の軍用車両(1) 装軌式自走砲:1917〜1945」 デルタ出版 ・「ジャーマン タンクス」 ピーター・チェンバレン/ヒラリー・ドイル 共著 大日本絵画 ・「異形戦車ものしり大百科」 斎木伸生 著 光人社 |